大企業が誤解する、「サブスクビジネス」の経営指標

サブスクリプションビジネスに熱い視線が集まっています。サブスクリプションビジネスは、売り切り型ビジネスと異なり、継続的に売上を積み上げることができるビジネスモデルです。

日系大手SIerをはじめとして、近年厳しい競争環境に身を置かれている大企業の多くが、安定した収益源を求めてサブスクリプションビジネスの立ち上げに取り組んでいます。

一方、これまで収益を上げてきたビジネスとは見るべき指標や組織体制もまるで違うため、売上拡大に苦戦するケースが増えています。そこで本記事では、大企業がサブスクリプションビジネスに取り組む際、直面しがちな課題や解決策に迫ります。

サブスクリプションビジネスの流行

サブスクリプションビジネスの中でも、「SaaS」と呼ばれる市場が急成長しています。スマートキャンプ社の調査によると、SaaS の世界市場は9.7兆円にも達すると言われています。また、年間平均成長率も約20%となっています。

ソフトウェアが SaaS として提供される場合、顧客はソフトウェアをオンプレミスでインストールするのではなく、クラウド上にあるものを必要な分だけ利用することができます。自社の利用頻度などに応じて支払額が変わるため、顧客は低リスクで導入しやすいメリットがあります。

そもそも、日本で最初に「SaaS」という言葉が注目され出したのは、実は2008年のことでした。リーマンショックの最中、Salesforce をはじめ、数々の SaaS のユーザーが急拡大していました。

そして、SaaS ビジネスはここ数年でさらなる盛り上がりをみせています。毎月のように新たな SaaS スタートアップが誕生するだけでなく、大企業も新規事業としてのサブスクリプションビジネスに果敢に投資しています。

クラウド技術などのテクノロジーを活用して高い収益性を確保しつつ、安定性の高いストック型収益をもたらす SaaS。市場環境が瞬く間に移りゆく中、企業が淘汰されることなく生き残るためには、SaaS に取り組むことが鍵となるといっても過言ではありません。

潤沢な人的リソース・顧客基盤、そしてブランド力。それでも事業が伸び悩む原因とは?

潤沢な人的リソースや顧客基盤、そしてブランド力。どれをとっても、大企業の新規事業が成功するための材料は揃っているかのように思えます。

それでも事業が伸び悩んでいるヒントは、「本来豊富にある会社の経営資源が、新規事業になかなか配分されない」という状況にありました。

なぜ経営資源が新規事業に配分されないのでしょうか。私たちが理由を調査した結果、「売上が少なく、経営資源を優先的に充てられない」と経営者が考えていることが明らかになりました。

確かに、成熟した既存事業に比べれば、新規事業の売上が少なくなるのは仕方がありません。一方、事業成長を実現するためには、当然適切な経営資源が必要になるため、中長期的に得られる収益を正確に捉えて、今いくらまで投資することができるのかを判断する必要があります。

ところが、ここに落とし穴があります。従来のフロー型(売り切り型)の考え方に当てはめてサブスクリプション事業を評価してしまうと、実はサブスクリプション事業は大幅に過小評価となってしまうのです。
なぜ過小評価となるのか。実際に生じていた事例を調査してみました。

なぜ過小評価となるのか – サブスクリプションビジネスが従来のフロー型ビジネスと根本的に違う理由

「一つの売上が、来月も繰り返されるかどうか」

サブスクリプションビジネスとフロー型ビジネスの最大の違いはここにあります。

そして、大企業がサブスクリプションビジネスを拡大するにあたり、「意思決定者がこの違いを理解しているか」が、投資判断の正しさを左右します。

フロー型ビジネスとストック型ビジネス

フロー型ビジネスの特徴は、一回の受注ですべての利益が確定することです。またそれにより、受注のために投じたコストと比較することで、費用対効果(ROI)をすぐに評価することができます。

一方、サブスクリプションビジネスをはじめとするストック型の特徴は、売上が一定の間隔で繰り返され、継続的に利益を回収できることです。そして顧客が継続契約することによって損益分岐点に到達し、はじめて利益が生み出されます。このように受注にかけたコストを「回収」します。

非常にシンプルな例ですが、以下のようなイメージです。

下の図は、以下の2つの受注を対比しています。

  • フロー型売上: 1回の受注で120万円の獲得
  • ストック型売上: 1回の受注で月額10万円の獲得

仮に、双方で受注までにかかる販管費が30〜40万円だとすると、今までの指標では最初の3〜4ヶ月では赤字評価となります。

また、これは一つの受注のみを想定しており、通常の事業のように複数の受注がある場合、合計の赤字額はそれだけ増えることとなります。

 

 

中小企業向けのサブスクリプションビジネスでは、月次解約率約4.2%がベンチマークです。そうであれば、案件は平均的に24ヶ月継続する計算となります。

(参考: ユーザの平均継続期間が「1/解約率」で求められることの数学的証明)

受注から2年経過した時、当初は最終的な売上総額が不明確だったストック型売上は、フロー型売上の2倍にも達します。

ここで重要な点が2つあります。

 

  • 解約率が明らかになれば、1受注が生み出すの期待値が推定できるようになる。故に、顧客獲得に費やせるコストがわかるようになり、例え短期的に赤字に陥ったとしても「投資するべきである」という意思決定が下せる。
  • 受注によって得られる収益は常に「期待値」で考えるべきである。それをを理解できなければ、投資できる予算は適正水準を下回ってしまう。(十分に投資することができなければ、先に競合他社に市場を占有されてしまう恐れがある)

 

投資を増やすことで、将来積み上がる収益を増やせるのであれば、競合他社に顧客を取られる前に可能な限り顧客獲得に投資すべきという合理的な判断が下せます。

「収益を期待値で判断すべきか、実数値で判断すべきか」ということが、根本的な違いになるということです。そのため、事業責任者や経営者はサブスクリプションビジネスならではの経営指標を参考にしながら、「どれくらいのリソースが適切であるか」を説明し、それに基づいて意思決定することが大切でしょう。

期待値が生み出すサブスクリプションの世界

そうはいっても、そのような意思決定をしっかりできている企業は本当にあるのでしょうか。

そこで、「売上を期待値とした企業評価のみで、株式証券市場に上場し、市場に認められている企業がある」という事実と、その企業の実際の数値をご紹介します。

以下のような企業が、PL上は大幅な赤字の中、上場を果たしています。

1.freee
  • 上場年: 2019年
  • 赤字額: 27億円 – ソース
  • 黒字転換時期: 本稿公開時点(2020年1月)時点で赤字
2.Sansan
  • 上場年: 2018年
  • 赤字額: 9億4500万円 – ソース
  • 黒字転換時期: 本稿公開時点(2020年1月)時点で赤字
3.Chatwork
  • 上場年: 2019年
  • 赤字額: 1億1000万円 – ソース
  • 黒字転換時期: 本稿公開時点で赤字

組織の文化や考え方が変わるには、想像以上に時間がかかります。

これまで実績値に基づいて意思決定していた組織が、いきなり期待値に基づいて意思決定できるようになるわけではありません。参考にすべき指標や打つべき施策について、理解を深め続けることが大切です。

サブスクリプションビジネスの評価指標

 

では、具体的にどのような指標を見るべきなのでしょうか。

先述したとおり、 投資判断をする上で、意識すべきサブスクリプションビジネスの収益はあくまで「期待値」であり、フロー型ビジネスとは異なります。一ヶ月ごとの売上のみを計測することは、サブスクリプションビジネスにおいてはあまり意味を成しません。それよりも、「1受注から期待できる売上と、回収までにかかる時期の予測」が重要です。

サブスクリプションビジネスで見るべき指標を網羅することは難しいですが、中でも重要な指標の例を挙げます。より網羅的な情報にご興味がある方は、ぜひの「サブスクリプションビジネスの成功に欠かせないKPI 10選」を参考にしてください。


CLTV (Customer Lifetime Value)

「顧客生涯価値」とも言われる、1顧客あたりから得られる、合計収益を指します。
販管費をどれくらいかけられるかを議論するのに必要不可欠な数字の一つです。
ストック型では、解約率がCLTVに直接影響します。 (参考: 解約率は成長の上限を決める)

ユニットエコノミクス

CLTVに対して、CAC(1顧客の獲得にかかった費用)を比較した指標です。
現時点でどれだけ効率的に顧客獲得ができているかを示します。

Quick Ratio

Quick RatioとはMRRの増加分と減少分の比率です・
事業の成長の「質」を示しており、成長企業では4以上であることが理想とされています。

売上マルチプル (PSR)

時価総額を売上と対比した数字です。売上の年平均成長率が30%以上あれば、売上高の10倍またはそれ以上の時価総額で評価されますので、売上成長率のベンチマークとなります。

まとめ

サブスクリプションビジネスをはじめとするストック型ビジネスは、意思決定をするために見るべき指標や考え方がフロー型ビジネスとは全く異なります。

重要指標を網羅し推移を分析することで、本来あるべき経営資源から、事業で取り組むべき優先課題も詳らかにすることが出来ます。

サブスクリプションビジネスの経営状態を評価するためには

  • 重要指標を算出する上でデータが整理されている状態
  • 重要指標から示唆を得て、アクション可能な状態にまで言語化する
  • 今すぐ改善すべき指標がないか、参考数値と比較すること

といったことに取り組むことが重要です。いかに必要なデータが構造化され、事業で適切な打ち手を下していけるかがサブスクリプションビジネスにとっては鍵となるでしょう。

まずは弊社が制作した「サブスクリプションビジネスの成功に欠かせないKPI 10選」を用いて、見るべき指標を整理することからはじめてみてはいかがでしょうか。