【凸版印刷 合同イベント】継続型 SaaS 商材の売り方〜「Fit & Gap」から「Fit to Standard」へ〜

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Magic Moment は、2023年2月24日に 凸版印刷株式会社(以下、凸版印刷)社内で開催された「事業構造改革」をテーマとしたイベントに登壇しました。

日本では生産年齢人口の減少が深刻化し、今後も企業経営に大きな影響を与える中、デジタル技術を駆使することが生き残りの重要な方策となっています。

凸版印刷では、こうした社会背景の中「Digital & Sustainable Transformation」を中期経営計画のキーコンセプトとして挙げ、DX領域の新規事業の立ち上げや事業構造変革を推進してきました。

本イベントでは、凸版印刷 DXデザイン事業部の取り組み事例をベースに、「SaaS の新規事業はどうすれば Fit to Standard な事業運営ができるのか」について議論が行われました。本稿ではイベントの内容を一部抜粋し、ご紹介いたします。

ライトニングトーク

イベントの前半ではライトニングトークとして、 Magic Moment 営業統括執行役員 島本から、従来の売り切り型と SaaS 型のビジネスモデルの違いや、大手企業の新規事業が失敗に陥りやすい要因が語られました。

SaaS がなぜ今取り上げられているのか?

「VUCA の時代であるため昔のようにシステム投資に大きなリスクが取れないというお客さま側の背景と、旧来型ビジネスと比較して大きな事業成長が可能であるという事業者側の背景があります。

SaaS ビジネスは顧客の成功が事業成長のドライバーとなり売上が積み上がる美しいビジネスモデルと言われています。契約後にお客さまへと価値を提供し続けることで LTV は最大化されますが、逆に価値を提供できなければ解約が増え、事業が成り立たなくなります。そのため売るべきお客さまに正しく価値を届けることが大切です。」(島本)

※VUCA = Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguityの頭文字を取った造語。将来の予測が困難な状況を示す

日本の大手企業が提供する SaaS 事業の多くは失敗に終わってきている

「前職の Zoura でも大手企業様を中心に新規事業の立ち上げを多くご支援してきましたが、実際大手企業の SaaS 事業の多くは失敗に終わってきています。

背景にあるのは、グローバルではリスクをとって短期で事業の変革を行う傾向がある一方、日本の企業は、少ないリスクで取り組むため、変革に要する時間が長くなることが挙げられます。」(島本)

Fit to Standard とは何か?

「Fit & Gap はシステムと業務の適合しない部分を特定し、そのギャップを解消するためにカスタマイズを行い補う手法なのに対して、Fit to Standard はシステムのベストプラクティスに業務内容を合わせていく手法です。」(島本)

「SaaS 事業を立ち上げて伸ばしていく上では Fit to Standard を意識することが重要です。SaaS はお客さまの課題を具体的に解決するソリューションであり、ベストプラクティスの塊であるため、お客さまにはプロダクトに合わせて変化してもらうことが必要です。

変化に抵抗は付き物ですが、日常生活でもガラケーからスマホにパラダイムシフトが起きたように、慣れてしまえば普通に使えるようになります。BtoB だからということを抜きにして、プロダクトの機能をいかに活用してくのかを考えることがポイントとなります。」(島本)

パネルディスカッション

イベントの後半では、Magic Moment 渡邊がファシリテーターとなり、凸版印刷 DXデザイン事業部の原井氏、藤岡氏、西村氏、平野氏、プラスオートメーション株式会社 田口氏、Magic Moment 島本を交えて、パネルディスカッションが行われました。

日本のサービスの提供やシステムの世界で一般的であった「Fit to Gap」の考え方と、海外で浸透する世界標準のベストプラクティスに合わせる「Fit to Standard」の考え方の違いをテーマとし、凸版印刷 DX デザイン事業部が Fit to Standard に取り組み始めた理由や、実際に成功させるために重要なポイントについて議論されました。

日本全体での Fit to Standard の浸透度合いと課題

渡邊:初めに、本日のテーマである Fit to Standard について、長年取り組まれてきた田口さんから、日本全体でこの考えがどれくらい浸透しているのかといった全体観をご共有いただけますでしょうか。

田口氏:ひとことで言うと「浸透していない」が回答となります。原因は、多くの日本企業には長年創意工夫して積み上げてきた経験があることです。これは強みでもあると同時に変えられない要因にもなっています。関連する形で、変わることが怖いために、変わるべきと分かっていてもなかなか実行できない実情があります。

凸版印刷による Fit to Standard への取り組みのきっかけ

渡邊:日本全体では浸透が進んでいない中で、大手の凸版印刷様でSaaS プロダクト「review-it!」のグロースに向けて、Fit to Standard に取り組まれていることは先端的な事例になるかと思いますが、どのようなきっかけで取り組みを始められたのでしょうか?

原井氏:凸版印刷内ではまだ事例の少ない SaaS ビジネスを開始するにあたって、最初はプロダクトの開発スタイルを変えていけばスケールできるのではないかと思い、アジャイル開発や UX デザインに取り組んでいました。しかし、緩やかな事業成長はできても、いわゆる「J カーブ」のような非連続な成長曲線が描けていないことに課題を感じていました。

そこで気がついたのが、SaaS は単なるプロダクトの提供方法ではなく、ビジネスモデル全体を指しているということでした。ビジネスモデルがこれまでにない新しい手法のため、プロダクト開発だけを変えるのは部分最適であって、マーケ・セールス・カスタマーサクセス・事業評価といったプロセス全体を最適化させなければと考えました。

特にセールスについては「これまでの Fit & Gap の売り方とは真逆のアプローチで戸惑っている」という声がセールスメンバーよりあがっており、Fit to Standard に取り組みました。

企画、販促、事業戦略の具体的な取り組み

渡邊:企画・販促・事業戦略部の立場としては、具体的にどのような取り組みをされてきたのでしょうか。まずは企画の立場として平野さんはいかがでしょうか?

平野氏:企画としては、3つの取り組みを行ってきました。

1つ目は、自社のサービスや提供価値をプロダクトとして定義をしつつ、その標準的な使い方やユースケースをしっかり描くことによって、お客さまの業務プロセスにカスタマイズなしで導入できる最適解を議論しながら作っていくことです。お客さまの業務プロセスを理解したうえで、提供価値がフルに発揮できる状態を共につくっていく点がこれまでと変わった点です。

2つ目は、現在価値で訴求しきるということです。1つ目と似通った部分になりますが、現在の価値をフルに発揮するために各機能を把握していくことが重要になるかと思っております。そのためにトライアル環境提供などの工夫をしながら訴求をしております。

3つ目は全体最適でプロダクト改善に繋げるということです。提供価値とお客さまの要望にギャップがあった部分を認知し改善を続けることに取り組んできました。

渡邊:販促の立場として西村さんはいかがでしょうか?

西村氏:Fit to Standard の取り組みを通じて、プロダクトとお客さま課題の2つの軸から、いかにお客さまの業務を効率化できるか、活用方法を提示し、価値訴求、合意していくかを意識してセールス活動に取り組みました。顧客課題の仮説立てから、トークスクリプトの作成・相互レビュー、ロープレといった活動を行なう中で、それぞれのアクションの精度を上げるよう取り組みました。

また、1つのサービスを軸に、1,000社以上一斉にアプローチしていくことが今までなかったので、まずは BDR(Business Development Representative の略称。新規開拓型のセールス手法) の時間の確保や進捗管理など、アプローチ手法だけではなくきちんと管理項目を定めて各メンバーと調整を行いました。

渡邊:事業戦略の立場として藤岡さんはいかがでしょうか?

藤岡氏:イニシャルで稼ぐビジネスではなく、ストック型で稼ぐという収益構造自体の変化となりますし、平野さんや西村さんがお話しされたような企画・販売の取り組みに加え、管理や評価方法を含め多くのことを刷新する必要がありました。取り組みを進めるにつれて、社内において Fit to standard を目指すといった会話が増えてきたことで、大きな変化に向けたファーストステップを踏み出せていると感じております。

Fit to Standard がうまくいく事業の特徴や成功のポイント

渡邊:Fit to Standard がうまくいく事業の特徴や成功するためにどういうことが必要なのでしょうか?

田口氏:あるべき姿への解像度の高さがポイントだと思います。プロダクトが導入された際にお客さまがどういった状態になるのか、また、プロダクトが世の中に広まって行った先にどんな世界が待っているかという解像度が高いことが大切です。

現場から抵抗感が生まれる大きな原因は、ベンダーや企画側との描いている姿の乖離にあります。オペレーションを行っている現場の方々は今の延長線上に目的を置いていることが多く、Fit to Standard でプロセスの変革を進めようとしている人の目的は少し違うところにあります。そのため目指す姿を示して合致することが大切です。それによって現在の構造上の欠陥をどう変えれば良いかという思考になり、初めて Fit to Standard で既に解決されたオペレーションの導入に目を向けられるようになります。

渡邊:あるべき姿が目まぐるしく変わっていく新規事業の場合、変化にどう対応すると良いのでしょうか?また現場の方があるべき姿に辿り着くために、具体的には社内でどのようなコミュニケーションを取るべきでしょうか?

田口氏:新規事業でも、あるべき姿の方向性自体はあまり変わりません。新規事業でも既存事業でも、目指す山の頂上は変わらず、どう登るのかが変わるイメージです。新規事業では、柔軟に変化に対応するために目的を目指す方法は敢えて最初に固めないことが重要だと思っています。

あるべき姿にたどり着くためのコミュニケーションに関しては、現場の方々に向き合うことだと思います。現場の方々がどのような業務をしていて、どこに強みがあるのかを把握し、あるべき姿が実現した際のメリットをそれぞれのポジションに沿って語ることです。

島本:何を目的にするかは共通化できていても、FIt & Gap になるのは目的よりもやり方を優先してしまうことが大きいと思っています。営業の立場で言うと、やり方をお客さまに合わせ過ぎてしまうことは、お客さまの本当に大きな変革を阻害していることにもなりかねません。そのため Fit to Standard こそが事業成長に役に立つと思って推進することが必要です。

また、通常の人は変化を嫌うものですが、圧倒的に何かを変えて成果を出したいと考える人はどの企業にも一定います。その変革者を見つけ、大上段の抽象度の高い目的を合意し、現場の方々になぜそれをするのかを伝えていくことが大切です。

SaaS 事業グロースのポイント

渡邊:私たちとしてもさまざまな事業の変革に携わってきていますが、SaaS 事業がグロースする瞬間には、実際どういう変化が事業やメンバーの方の中で起きているのでしょうか?

島本:グロースすると、お客さまにプロダクトの説明をした際の反応が良くなります。事例が積み上がり、お客さまの課題への解像度が高まると、新人営業が売りに行っても、「まさにこれがやりたかったんです」といった反応が頂けるようになります。これは営業が属人的に行っている限り起こり得ないため、標準プロセスの中で営業を行い、解像度を高めていくことが、グロースさせるためのポイントにもなります。

渡邊:田口さんはいかがでしょうか?

田口氏:売上がチャネルの増加と比例するとグロースに差し掛かったと言えるかと思います。グロースのきっかけとしては、プロダクト観点とビジネス観点があると思います。

プロダクト観点では、お客さまが「まさにこれで困っている」という課題への機能をプロダクトが持っている、つまりベストプラクティスがプロダクトに集約されていることです。

ビジネス観点では、営業の売り方やプロセスをスタンダードにフィットさせていく結果、価値訴求の仕方や商談の進め方といった営業が型化できていることです。この2つが上手くはまることで、チャネルや営業が増えるほどグロースできる状態に持っていけます。

凸版印刷の今後の展望

渡邊:今後もぜひグロースのご支援ができればと思っておりますが、最後に意気込みも含めて今後の展望を教えていただけますでしょうか?

原井氏:中期計画に掲げている事業ポートフォリオの変革の柱の一つである「DX 事業ポートフォリオ」の一角を SaaS で担っていきたいと考えています。そのためには、1つ1つのプロダクト単体を伸ばしていくことは勿論ですが、SaaS を商材群として、業界や企業規模を横断できる事業へと成長させていきたいと思います。

「review-it!」に関する情報はこちら

https://review-it-proofreading.com/

凸版印刷 DXデザイン事業部の営業改革については、以下の記事でご覧いただけます

「創業120年以上の会社でスタートアップのように。」 凸版印刷 DXデザイン事業部によるSaaS事業拡大へのチャレンジ【戦略編】

事業成長の源泉は活動やノウハウの蓄積。セールスの型化とデータ連携による 凸版印刷 SaaS ビジネスの推進【実践編】